2007/6/30 「オープンガーデン新潟」訪問記

           <オープンガーデン新潟訪問記>     07.06.30   伊藤すみ

6月30日,私達は、新潟県南魚沼市のオープンガーデンを見学いたしました。

森下さんの事故により会としては中止になりましたが、私たちは次の日に、湯沢町の

アルプスの里の見学を予定しておりましたので、個人として訪問させて頂きました。

オープンガーデン新潟は、日本庭園めぐりと言った方が適切な表現でわないかと思える

ような日本文化の伝統美、わび、さびの世界は造園技術の集大成といえるほど、見事なも

のでした。時間の関係もあり、今回は7ケ所見学させて頂き有意義な1日を過ごす事が

できました。以下訪問順に簡単ですがまとめてみました。

関寓房        関栄一さんの庭

関さんは不在でしたが、入り口に自由にどうぞお入りくださいという看板がめに止まり

ほっとして拝見致しました。ドンとした赤石と関寓房の標識に案内されて玄関に進む

と、昨年移植されたという松(グリンサードエイト)の枝ぶりに驚嘆しました。移植の為

か葉が少し弱ってはいましたが、やがて葉が茂れば説明書の通り見事な招福松になると

思います。飼われている錦鯉が人の気配を感じて岸辺によってくるなど

滝と池にかけられた橋、灯籠と、見事な日本庭園でした。

       

関栄一さんの松                    庭  

隠居の家         戸田信義さん

先代のご主人はなくなり、年老いた奥様が庭の管理をしています。偶然外出から

帰えられた奥様に、案内をしていただきました。裏庭には年間13度の沸水があり

流出した水は池にたまり、やがて傾斜した庭の地下水となり、一面に植えられた

苔に適度な湿気をあたえています。京都の苔寺をしのばれるような緑の絨毯、

チンコーンという水琴窟の響き,そびえたつミズキの木等、とても個人の庭と思え

ないような立派なものでした。

亡夫の遺志を継いでいる奥様は、庭の手入れをしながら、昔をしのびご主人様と

会話をしているのかもしれません。そんな暖かい雰囲気のする庭でした。

             戸田信義さんの庭 

 

甚左衛門さんの庭    山口勝之助さん

玄関の壁には、出征兵士に贈られた日の丸の旗が飾られています。

当主の山口さんが昭和19年出征のとき親戚、縁者のひとたちが

武運を祈り、名前を寄せ書きしたものです。山口さんの軍隊生活は2年3月、

その間北鮮から中国大陸へ転戦したという、当時の苦渋に満ちた体験が、深く

しわの刻まれた口から飛び出してくる、涙と汗をにじませて語る様に共に涙の

会話がつずきました。復員してからは造園業につき、昭和52年、専門的知識

を元に甚兵衛の庭を完成しました。

その後は四国や北海道からとりよせた巨石が、池を中心に配置され第2次工事へと

進んでいます。ご自慢は庭の中心にすえられた苔むしたさざれ石で、老人の

口からは君が代がながれました。別れに当たり道路まで見送りに出てくださり、

被っていたすぜがさを臍の位置に収めて立たれたお姿に山口さんの長い人生が

しのばれ敬服しました。

 

        山口勝之助さんの庭 さざれ石

 

久兵衛さんの庭        小倉寛さん

 

オープンガーデン新潟代表の庭です。少し狭い道路を入ると、奥まったところには

23年かけて育てたという、ブナの林があります。

雪国の人の知恵でしょうか,軒下におかっれた椿の幼木、数々の植物に丹精の後

が伺えます。池には大賀蓮(古代蓮)が浮かび、庭に所狭しと置かれた百合の鉢

が主庭から前の駐車場へとつずく様は圧巻です。あと1週間もしたら見頃とおもわ

れるほどに膨らんだ蕾がなんともうらめしく、時期尚早でした。しかしこの方の庭は

西へ広がり一面に張られた苔と、水、白砂が非常にマッチし、趣を全く変えてしまう

広く大きい庭園となっていました。帰りには留守でしたがお土産に椿と蓮の苗を

頂きありがとうございました。

 

            小倉寛さんの庭

 

 

大前さんの庭   山口トキ子さんの庭

 

大前という屋号葉、新田開祖を代表する意味だそうです。家の屋敷内には、池を

中心として巨木と自然石が、見事な日本庭園を演出しています。奥の庭には

樹木がそびえ、小石で囲まれた空き地は山野草の宝庫です。自宅の山から採取し

たという山野草が200種以上、栽培されています。オキナグサ、ウメバチソウ、

クリンソウ等相当数あるにもかかわらず、軒下には、種から育てたという鉢物が所

狭しと並べられていました。ひとつ驚いたことには、ミニ盆栽や鉢物の給水は、ホース

から一律に与えるのでわな区、一鉢、一鉢必用度を確認してから、大鉢の水がめに

浸していくという気配りがたいせつということです。たぶん一鉢、一鉢手にとって観察

し、自分の息をかけながら育てているものと思われます。十分庭を見学した後は、

ガーデニングについて話も弾み、ご主人も加わり有意義なひと時でした。手ずくりの

笹餅、ぜんまいの煮付け、漬物のおもてなしを頂きました。もう少しお話をつずけたい

と思いましたが、時間の都合上次の大平さんのところへ、案内の労をとっていただき

ました。有難うございました。

 

            山口トキ子さんの庭

 

 

野中甚左衛門さんの庭   大平幸子さん

 

大前さんから車で20分ぐらいの所に太平さんの山野草の庭があります。 

西と北に池を配した和風庭園です。北の池には小さな小屋があり、これは積雪の 

時、鯉の避難場所になります。さらにいけのふちには暖地にわ珍しいうす紫色の 

ヤマアジサイ(甘茶)が神秘的なこと、私があまり感動した為か、大平さんが一株 

おみやげに下さいましたので、有難く頂戴いたしました。軒下には多数の山野草 

の鉢が並べられ、即売会に販売するそうです。

家の一角では笹の葉の出荷の準備が進められていました。これが当地名物の

笹団子になるそうです。

 

      笹団子の笹の束

 

 

関興寺

 

最後に訪れたのは600年前に創建された禅寺です。

山門から、方丈までの道は、ゆるやかに傾斜し、両側の林には苔が重厚に生え

京都の苔寺をしのばせる、静寂な世界、方丈の前庭は枯山水です。苔むした巨石

を囲む砂利の文様は,深山から流れるゆるやかな川の流れか、うねりの波か、水

に浮かぶ石は島や山を連想し、水なくして水を感じ、川面に己が心を写す荘厳な世界

でした。

高地の広い庭のためか、苔の管理にはスプリンクラーが設置されていました。

山門にある{味噌なめたか}は、上杉謙信なきあと家督相続争いの合戦がおこり

兵火より若経六百巻を守るため、味噌瓶の中に隠したということから、関興寺の

味噌なめたかの言葉が生まれたそうです.あいにく夕方のため寺は閉まっていて

味噌を賞味することはできませんでした。

 

             枯山水の庭